牧師挨拶の例を3パターン掲載しました。
オリジナルの挨拶文を作り、差し替えてください。
牧師挨拶(自己紹介タイプ)
こんにちは。石本 剛と申します。
簡単にプロフィールを話させて頂きます。1980年2月、埼玉の家庭に生まれ育ちました。両親ともクリスチャンではなく、実家の宗教は日蓮宗らしいです。(ほとんど無宗教。)
大学生のころに信仰を持ち、大学卒業後は札幌で建設業の営業職を3年、東京で事務職を2年、埼玉で3年勤めました。当時は大変でしたが、今となっては感謝の二文字です。
特に思い出すのは札幌時代に遭難しかけたことでしょうか。出張中に猛吹雪にあい、視界が1mまでしか見えず、死を意識しました。でも何とか生き延びることができました。
退職後、関西とある神学校に入学しました。神学校では、3年間の座学と1年間のインターンがあり、特に旧約聖書を専攻しました。インターンでは、とある中央教会で先生と寝食を共にして学ばせていただきました。先生の「頭で聞くな、心で聞け」という言葉がとても印象に残っています。
2018年3月、とある教会に来ました。こちらで初めて原付バイクに乗ったのですが、初運転で林に突っ込んでしまいました。近所の方に手伝ってもらい、バイクを林の中から救出しました。幸いバイクも私も無傷でした。
好きな食べ物は豚骨ラーメン、苦手な食べ物はセロリとコーヒーです。趣味はサッカー、ウクレレです。ウクレレはコード引きくらいの素人です。
最近読んだ小説は「君の膵臓をたべたい」、最近見た映画は「君の名は」結構ミーハーです。ミニウサギを飼い始めました。名前はラビーちゃんです。どうぞ会いに来てください。(630文字)
牧師挨拶(教会の歴史タイプ)
とある教会のホームページをご覧くださってありがとうございます。牧師の鉄川 誠司と申します。
とある教会の歴史は、2000年のとある中央教会の信徒の方の家庭礼拝として始まりました。吉川牧師と信徒一人ひとりとのサポートに支えられ、新会堂を祈り求め、2018年に現在の教会が与えられました。現在、信徒は約20名、町の小さなプロテスタント教会として地域に仕えております。
聖書を読んでいきますと、神様が様々な形で地上に働きかけていることが分かります。そして、神様の歴史の中心点は「イエス・キリストの訪れ」にあります。神様は、イエス・キリスト以後の歴史を、教会を中心に進められてきました。
とある教会の歩みも、教会に集われる皆さんの歩みも、神様の導きの中にあります。
ご覧くださっているあなた様もイエス・キリストの良い訪れを知っていただけたらと思っています。あなたのお出でをお待ちしています。(370字)
牧師挨拶(教会に来た経緯と証タイプ)
初めまして。牧師の吉岡 智子と申します。ご覧いただきありがとうございます。
私は子供のころ、マザーテレサやキング牧師、三浦綾子さんの著作「塩狩峠」などを通してクリスチャンという存在を知り、その生き方に尊敬と疑問を抱いていました。
疑問を正直に申し上げますと「どうしてこの人たちは親切だったり、敵さえも愛し自己犠牲ができるのだろうか、皆そうなのだろうか。本音はきっと違うのではないだろうか…」と疑っていました。みなさまはどういった印象を持っていらっしゃいますか。
そういったことをぼんやりと思っていましたが、23歳の時に友人に誘われて教会に行き、イエス・キリストという存在を知り、その疑問の答えを得ました。
そして、私の人生を大きく変える言葉と出会うことになります。その言葉とは……少し長くなってしまうので、直接お会いできた時にお話しできたらと思います。ご興味がある方はお気軽にお声がけください。
私はそれまで生きる意味がわからず、漠然とした不安があるものの「人生そんなものだろう」と思い娯楽を求めて生きていましたが、その言葉とクリスチャンを通して大きな喜びが与えられました。
聖書は世界一のベストセラー本ですが、難しく感じられると思います。礼拝で、できるだけ分かりやすく噛み砕いてお伝えしたいと思います。
分からないことがありましたら何でもご質問ください。みなさまのお越しをお待ちしております。(590字)
私が教会に行くようになったキッカケ
信徒の証の例を載せてみました。
長文をいただいて編集しづらい場合は「続きを読む…」というリンクを設置して、別ページに案内したほうがいいかもしれませんね。
Hさん(50代女性)
私はこの町に40年以上住んでいます。
私の実家は、宗教的には仏教徒を名乗っているものの、お正月は神社へ初詣に行き、クリスマスは家でパーティーをし、祖父母のお墓は地方のお寺にあってお墓参りや法事に行く、といった日本ではごく一般的な家庭でした…続きを読む
Kさん(30代・女性)
私の教会に行くようになったきっかけは、母からの勧めでした。大学に入学するまで田舎から一歩も出たことがなかった私は、都会での一人暮らし生活になじめずにいました。大学に行っている間は良いのですが、そうでない時は寂しくなりました。
田舎の母にそういった話しをしたところ、「知り合いの牧師先生がいるから訪ねてみては」と勧められました。その牧師先生の教会に行ってみると、いろいろな方がおられました。先生にはよく声をかけてくださり、お家にも呼んでいただいたりし、そういった経緯から教会に通うようになりました。
Eさん(50代・女性)
今から25年前、私はカナダで初めてキリスト教会に行きました。語学学校に行ったのですが、そこで知り合った方から「現地の方と知り合いになれるので一緒に教会の日本語部に行ってみないか」と誘われたことがきっかけでした。
キリスト教には興味はなかったのですが、礼拝の中で日本人の婦人宣教師が、自分が派遣されるまでの経緯を話され、何の援助もない中で神様の導きを求めて祈り、派遣先との関係や費用など必要なこと全てが与えられたという話をされました。
私はその話を聞いて、キリスト教にはこんなふうに神を頼り、その神に祈りを叶えていただくという生き方をしている人がいるのかと驚かされました。そしてキリスト教の神とはどんな神なのか知ってみたいと思いました。
しかしこの教会に行くのに1時間半かかり、朝が弱い私には無理だろうと思いましたが、不思議なことに日曜日の朝になるとすぐに目覚めることができ、気づくと毎週欠かさず礼拝に行き、聖書の学びやお祈りの会にまで参加していました。
その中でキリスト教の神は愛のお方であり、また義なるお方であることを知りました。
カナダから帰国後、私は教えていただいた教会に行き、洗礼を受けました。それ以来、神様はいつも私と共にいてくださり、私を守り、助け、導いて下さっています。
Mさん(60代・男性)
30年ほど前のことになりますが、私は京都で仏教系の職場で仕事をしておりました。
クリスマスのシーズンだったのですが、街を歩いているとカトリックの教会があることに気づき、ちょうどミサの時間だったので興味を持ってミサに参加させていただきました。
というのも、普段は仏教関係の仕事をしていて、他の宗教にも興味があったからでした。そのカトリック教会のミサの荘厳な空気に触れ、キリスト教というものはいったいどんな宗教なのだろうかとますます興味が湧いてきました。
そののち職場が変わり引っ越したのですが、ミサの体験が忘れられず、家の近くのプロテスタント教会に通いだし、やがて信じるようになりました。
その後、仕事の都合で移り住んだ町で、ネットで調べて感じが良かったこちらの教会に通うようになりました。